カテゴリー : 2005年 9月

1●年ぶりの北海道旅行 1日目

今回の帰国は全てはこのためにあるというぐらい
楽しみにしていた北海道旅行。
上海の喧噪とはうってかわって、広がる大自然に美味しい海の幸!
バースデー割引を狙ってとったチケット片手に母親と
1●年ぶりの北海道です。

当日はさすが晴れ女の私、見事に快晴!
モノレールから眺める空港までの景色って、
ビルも水面もきらきらしてて好きです。

羽田でしっかり焼き鯖寿司を買って、
プラス1000円のclassJの広々した席で札幌へひとっ飛び。
次の特急まで時間があるので、札幌空港をうろついてみる。
出発フロアのにぎやかなこと!ここでお土産と駅弁を購入。
いくらが、いくらが美味しそう。。。

乗り込んだスーパー北斗で羽田で買った焼き鯖鮨と先ほど買った駅弁を広げ
母親とつつきながら窓の外に広がる海を眺めると、
日本満喫度急上昇。

洞爺駅に着きホテルの送迎バスに揺られ、

ちょっと快適

こちらにきてからこまごまといろいろ買ってますが
ずっと迷ってきたモノの中にトースターがありました。
なかったらないでどうとでもなるんだけど、
やっぱりワインとチーズと焼きたてのフランスパンとか
お餅が食べたいとか
主に食欲と物欲に取り憑かれている私には
幸せ感度アップアイテムだったんですね

こんな感じで置いてます
そこで先日閉店前の久光に滑り込みセーフで入店し、迷わずこれを買ってきました。
この虎マーク、400元ちょっとの炊飯器はだめだめでしたが、トースターはいいかも。
パワフルマンなのでちょっとひねっただけですぐこんがりトーストです

ちょっと早起きした朝にミルクたっぷりのカフェオレと
バターをのせた焼きたてトーストに目玉焼き。
単純なのでこういうので幸せ感じます

前回の帰国時に行った北海道旅行で突如
バスローブ熱が出始めまして、
この間同じく久光で1割引きになってたのをかっちゃいました。
まだ着てないんだけど、
入浴後これきたままソファーでダラーとするのも考えると幸せ。

日頃いろんなことで文句やら不満はありますけど
ちょっとでも幸せ感じて楽しく過ごせるようにしたいものです

見える見えない

赴任してから早半年。

仕事の流れとしては
日本側のディレクターがお客と打ち合わせ後
素材や大まかなレイアウト指示を送ってきて、
それを元に制作、納品という感じ。

私はこちらにデザイナーとして赴任しているのだけど、
その指示に従って自分で制作しつつ、
日本側の指示をこちらのスタッフに伝えて作ってもらい、
修正などの指示だしをして納品してもらうまでの管理(?)の
ようなものもやってます。

以前の職種もデザイナーではあったのだけど、
クライアントによっては直接やりとりすることが多く、
当然その対応は大変ではあったけど、
満足してもらえた時の反応はダイレクトに返ってくるから
充実感みたいなものを感じられるときが時々にあったのだけど、
今は全くお客さんの顔が見えず、名前すらよくわからなかったり、
とりあえず日本のディレクターにOKもらうためだけに
やってるような感じがしてならない。

私がこう感じているのだから、
もしかするとスタッフも同じようなことを
感じているのかもしれない。
今感じていなくても仕事になれてくれば
そう思うだろうなぁ

仕事でどこで喜びを感じるかは人それぞれだけど、
やっぱり目的というか、
一日十何時間も誰のためにやっているのか、
そしてその誰かと自分たちとの距離が短ければ短いほど、
やりがいって生まれるもんなんじゃないんだろうか

ちょっと立ち止まる日々

先日久しぶりに友人と電話で話したのだけど、
その時「今の仕事は好きか?」と聞かれて
ちょっと考えて「そうだねぇ」と答えたのだけど。。。

正直やってて良かったと思えるほどの満足感を
味わったのなんて片手で足りるぐらいだし、
その他は客や社内の人間の無理な注文に、
深夜残業が続いて家に帰れない・寝られない状態にいらいらし、
不得意分やがくれば、できないかもしれないという
不安と焦りに襲われ、デザインなんて楽しむ余裕ないし、
webの特性上頻繁な更新が必須項目ということから
自分の作品の命の短さにむなしさを覚えること多々なんです。

じゃ、なんで続けてるんだろうと考えるも
いまいち明確な答えは出てこない。

外資系金融のように、要はお金っていえるぐらい
高給取りであればそれも理由になるけど、
時給計算なんてしようもんなら
その場でふて寝始めそうですしね。。。

大学を卒業してからの2年間ぐらいが
一番やりたいことが明確にあった気がする。

就職活動の時期もあったので、
嫌でもそういうことを考えさせられる時期だった
ということもあるけど、
恥ずかしいぐらい人に熱く語ってたよなあ あの頃。

今じゃそういう人を
「あ、熱いなぁ」と下手するとひいちゃう
なんて想像もつかなかったよなあ あの頃。

「願えばかなう」って好きな言葉でもあるけど、
本当その通りで、10年近く前東京の片隅で
熱く語って思い描いていた自分像に
完全でないにしても近い形でいるのに、
人に質問されて考えてしまう自分が存在する事実。

なんなんだろ。

何が足りないんだろうか?
どうしたいんだろうか、自分は。